特別展『地獄絵ワンダーランド』を振り返る

三井記念美術館にて開催された『地獄絵ワンダーランド』展。閉展を間近に控えた今、内容を振り返ってみよう。

日本人の心性に古くから根を張る「地獄」。現世での罪を漏れなく暴かれ、見るも恐ろしい獄卒たちの手によって想像を絶する責め苦を半永久的に負う。

地獄のイメージ、その変遷

現代に伝わる地獄のイメージはインド、中国を経由して日本に伝来し、民間信仰として定着した。
我々が知る地獄のかたち、閻魔大王を筆頭とする官吏たちや罪が重ければ重いほど酷な階層に降りていくシステムなどは、平安時代、末法思想の流行とともに天台宗の僧である源信が著した『往生要集』によってまとめられ、広まった。

 

八大地獄の一つ、等活地獄
北野天満宮蔵 北野縁起

 

できればお世話になりたくない死後の世界であるが、地獄に落ちた人々の罪状を見ると、何かしら自分にも当てはまりそうな気がしてくるものである。
怖いものみたさで、地獄に惹きつけられた「しげる少年」の視点をワンダーランドの入り口として本展は始まる。

 

妖怪漫画でおなじみの巨匠・水木しげる。
少年時代、まかない婦「のんのんばあ」から妖怪や地獄について聞かされて異界への想像力を育ませたエピソードは有名だ。
本展では、水木しげるの手により描かれる八大地獄にのんのんばあの解説がつき、地獄初心者も地獄のあらましを把握できるようになっている。

 

獄卒、大蛇、火を噴く獣、容赦ない刑罰。ハードコアすぎる。
舌を引き延ばして杭を打たれたところ鳥がついばみにくる…なんて絵面にも力がある。
一方で、驚きと恐怖の連続にあって軽々と地獄の深層までを飛び回るのんのんばあとしげる少年のコンビはおかしみがある。

 

水木タッチの八大地獄を抜けると、『往生要集』の原本や六道絵が並ぶ。
天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道…
いずれも前世の業により転生先として与えられる、苦しみに満ちた世界である。
その中でもぶっちぎりに怖いのが地獄なのだ。

中世日本の地獄

善導寺蔵 十王図

次に目にするのは十王図だ。
一般によく知られるのは閻魔様であるが、実は裁判官は他にもいる。
閻魔と合わせて十王となるわけで、初七日から三回忌まで、審理が分けて行われる。
十王の中には人間の官吏とそう変わらない容貌で描かれているものもあるが、わきに控える部下が一癖も二癖もありそうな表情で面白い。

 

さて、中世に入ると地獄は説法や仏教美術のみならず、民間信仰における創作において描かれるようになる。

 

清浄華院蔵 泣不動絵巻

中でも、室町時代に描かれた『泣不動縁起絵巻』は変わり種ではないだろうか。
病人の身代わりに病を引き受けた僧の祈りに心を打たれ、不動様が僧の代わりに冥府へと向かう筋書きである。
明らかに獄卒の鬼よりも強そうな不動が殊勝にも縄につながれている姿はシュールなギャグを見ているようだ。
結局、閻魔はじめ地獄の管理人たちは不動の尊格に圧倒され、ひれ伏してしまう。
地獄の上下関係は、意外と人間臭い。

ワンダーランド、地獄

展示の後半は「ワンダーランド」と銘打たれたように、時代が下るにつれて人々が地獄の表象をいかに豊かに広げてきたか鑑賞することができる。
歌舞伎役者が死去したときに追悼の意を込めて作られる浮世絵を「死絵」という。
当時絶世のイケメンと謳われた八代目市川團十郎の死絵で地獄はコミックリリーフのように描かれる。
地獄へと鬼に手を引かれる團十郎の裾を、老いも若きも、果ては雌猫までもが引っ張り「連れていかないで」と哀訴する。

あるいは江戸時代のコミックともいえる「黄表紙」では、タコが閻魔の恰好をして芋を裁く「芋地獄」なんてパロディも見られる。

地獄は確かに怖い。怖いが、怖いだけじゃない。
人々の心を惹きつけて豊穣なイメージを生産する源となってきたことが分かる。

 

展覧の最後は厭離穢土、欣求浄土、地獄の刑期を終えて昇天する様子を描いた美術で締められる。
ほっとするが、どこか物足りない天界よりは地獄の方が濃い味の魅力があったように思う。もちろん、見る分にはという話だが。

 

『地獄絵ワンダーランドは』三井記念美術館で9月3日まで開催される。
「死んだらどうせ地獄に行くから」と腹をくくっているのでなければ、地獄見物の恰好のチャンスであった。

 

『特別展 地獄絵ワンダーランド』
会場/三井記念美術館 東京都中央区日本橋室町二丁目1番1号 三井本館7階
開催期間/〜2017年9月3日(日)
開館時間/10:00〜17:00(入館は16:30まで)
・毎週金は19:00まで(入館は18:30まで)
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/index.html