『帳簿の世界史』

 

著者:ジェイコブ・ソール

出版社: 文藝春秋

発売日:2015/4/8

 

東芝の不正会計問題が長引いている。
利益というのは不思議なもので、気持ち次第でどうにでもなるらしい。
あるいは、帳簿のつけ方次第で立ち昇ったり消えたりする陽炎のようなものなのかもしれない。

複式簿記が支えた資本主義

近代的な資本主義が成り立つために会計は欠かせない。

特に複式簿記の功績は大きい。
西欧において繁栄を誇った国家が軍事や経済で他国を圧倒できたのも、会計責任が果たされ、財政を継続する努力が払われたうえでのことなのだ。

一方で、国や企業から独立性を保ち厳正な数字を記録するということの難しさも歴史が裏付けている。
本書は帳簿から複式簿記への発展がいかに強国を支え、また破滅の警報を鳴らしたかを教えてくれる。

ごく少数の例外を除いて、財政や商取引にかかわる人々が会計の重要性に気づくことはなかった。
古代アテネでは帳簿操作がはびこっていた。
不正を追及したキケロ1は暗殺された。
国庫の監査人は拷問にかけやすい奴隷から選ばれたが、支配者層の不正を明らかにすることを求められることはなかった。
そもそも、アラビア数字が普及するまで、会計に正確な記録を残すことは難しく、計算や転写の間違いは当たり前だった。

転換が起きるのは中世イタリアにおいてである。
このころには、フィボナッチ2が『算盤の書』を著し、北イタリアの商人社会にアラビア数字や位取り計算法が紹介されていた。
商人たちは仲間で資金を出し合って貿易を行う共同出資方式により利益を得ていた。
持ち分や利益の計算のためには正確な帳簿が必要になる。
必要から複式簿記が発明された。
会計が都市の発展を支えたが、商業を蔑視する価値観が足かせとなる。
ルネサンス期にフィレンツェに君臨したメディチ家では、厳密な会計管理が行われていた。
にもかかわらず、当時流行した新プラトン主義3が倫理的ジレンマとして当主を悩ませ、結局、会計の実務経験、知識が後代に受け継がれることはなかった。

複式簿記についての世界最初の教科書が出版されたのは1494年だったが、これもタイミングが悪かった。
ヨーロッパでは貴族精神が流行し、実務より教養、金銭より高邁な精神がもてはやされる時代が到来していた。
数学者パチョーリの書いた『スムマ』4は、今日にも通用する会計の基礎を含む内容であるにもかかわらず、ほとんど無視された。

近代国家と会計

本書の表紙絵である『二人の収税人』はこの時期に描かれた作品であり、見て分かる通り、会計に携わる人間は強欲かつ醜悪であるというイメージが表されている。

とはいえ、拡大を続け複雑な税収の処理を行わなければならない国家に会計は必須である。

スペイン、オランダ、フランス、イギリス…
時代の節目を担ったいずれの強国においても、会計は施政者の必修科目のようなものだった。
一方で、会計は衰亡を予言する鏡でもあったため、疎ましい仕組みでもあり続けた。
国家は会計を重用したが、育てはしなかった。

複式簿記に次ぐイノベーションは、鉄道の発展によりもたらされた。
公認会計士の誕生である。

鉄道は世界の産業構造を変えただけなく、会計の複雑化を加速した。
莫大な資本を必要とし、多量の投資を呼び込む一方で、横行する粉飾決算を防ぐ機構が必要だったのだ。

もっとも、企業側は共犯を増やせばいいという話でもあったかもしれない。

 

監査法人がコンサルティング業務を拡大するようになって、話はキナ臭くなってくる。
監査法人が真に独立性を保って「財務の目」として機能したか、現代における答え合わせは楽しい結果となっていない。

 

  1. 共和政ローマ末期の政治家、文筆家、哲学者
  2. イタリアの数学者。「フィボナッチ数」に名を残す
  3. 本書の文脈では、精神的な高次の世界と比べて、物質的な混濁に満ちた世界を低きに置く思想という意味で用いられている
  4. 『算術、幾何、比及び比例全書』の略称