『シャガール 三次元の世界』展に行こう

東京ステーションギャラリーにて『シャガール 三次元の世界』展が開催中です。
豊かな色彩に民俗的モチーフを浮き上がらせる幻想的な画風で知られるシャガールは、晩年の一時期、彫刻・陶器に傾倒していました。
絵画に比べて知名度の低いシャガールの三次元世界にスポットを当てた本展。
今回はいくつかの作品をピックアップし、シャガールを予習してみました。

着想の源泉

魚、ウシ、空飛ぶ人…
同じ画面に並ぶと一見して不思議な印象を受けるシャガールの絵。
夢の中の光景を描いたようにも見える作品群ですが、シャガール自身は夢との関わりで作品を語られることに辟易していたようです。1

 

実のところ、シャガールは自身のルーツであるユダヤ文化に執着していました。
母語であるイディッシュの物語文化、慣用表現の数々がシャガ―ルに着想を与えていたのです。

 

「空を飛ぶ人」は舞い上がるほどの嬉しさを意味するイディッシュの慣用表現。

 

「頭を捻じ曲げる」のはイディッシュにおいて「激しい恋におちる」ことを意味する。

 

シャガールの絵画に動物が繰り返し描かれるのも、「罪人の魂は物言わぬ動物に転生する」 というハシディズム2の教えが背景にあるのかもしれません。
あるいは、幼少期の生活に屠畜が身近にあったこと、父親がニシンの卸売り会社で働く光景を目の当たりにしていたことなど、シャガールの絵は夢を描いているのではなく「実際に見てきたこと」を描いているともいえます。
いずれにせよ、当時のユダヤコミュニティの生活を追想する行為がシャガールにとって大切な意味を持っていたのでしょう。

 

シャガールの活躍した時代は芸術運動が盛んな時期でもありました。
その作風から、シュールレアリスム運動への勧誘もあったようですが、シャガールはこれを断ります。
画家として社会的な成功を修めたシャガールですが、党派的な活動に懐疑的で、作品の文学的あるいは精神分析解釈を嫌う態度は終生一貫していました。

 

シャガールと彫刻

南仏への移住をきっかけに、シャガールは陶器・彫刻といった造形の芸術に興味を持ち始めます。
当時の南仏にはマティス、ピカソが居を構えており、交流もありました。

 

ところが、シャガールとピカソは互いに嫉妬し、反目する関係でもありました。
陶器の分野で先んじていたピカソは、自身の利用する陶窯にシャガールが出入りするようになってからライバル意識を持つようになります。
一方のシャガールもピカソの大家ぶりを意識せずにはいられません。
自我の衝突は避けられず、最終的には喧嘩別れとなりました。

 

とはいえ、仲たがいの後にもお互いの才能は認め合っていたところが、美の巨匠たる所以でしょうか。
シャガールは「なんという天才なんだ、あのピカソは」と友人に語っていたといいます。
一方のピカソも、「マティスが世を去ったら、色彩とは何か本当にわかっている画家は、シャガールだけになってしまう」と評していたのです。

 

シャガールの立体芸術は、マティスやピカソが先鞭をつけた20世紀の造形言語とは別に、絵画から続く自身の作品世界を拡張する独自路線を走りました。

 

『シャガール 三次元の世界』展へ

「散歩中に覗いた大理石工房に刺激されて」とは当時の妻・ヴァージニアの言ですが、新たな手法を求める探求心は晩年になっても衰えず、ときに周囲の人々を驚かせます。
日本を代表するメーカー・ホンダの創業者、本田宗一郎もその一人でした。
シャガール邸を訪れた本田が筆と墨、硯をお土産に持っていったところ、シャガールはこれを大変に気に入り、一式を持ってアトリエに篭り創作に没頭し始めてしまいました。
本田としては呆気に取られてしまうのですが、同時に、老いてなお尽きない創作への情熱に感得したといいます。

 

形を変えながらも一貫した情熱が注がれた作品の数々。
『シャガール 三次元の世界』展で、美を浴びる歓喜に満たされながら、作品の合間を「空飛ぶ人」のように漂ってみてはいかがでしょう。

 

『シャガール 三次元の世界』
開催期間/2017年9月16日(土)-12月3日(日)
会場/東京ステーションギャラリー 東京都千代田区丸の内1-9-1
開催時間/10:00~18:00
休館日/月曜日(9月18日、10月9日は開館)、9月19日(火)、10月10日(火)

 

  1. 記者に「夢があなたの作品にどう影響しているのでしょう」と問われ、シャガールは「私は夢をみない」と応えています
  2. ユダヤ教運動の一派