『ブレードランナー2049』とつながる意外な”非SF”作品

『ブレードランナー2049』が公開中だ。
監督を務めたのはドゥニ・ヴィルヌーヴ 。
『プリズナーズ』1 『ボーダーライン』2 など重厚なクライムドラマを撮る一方、『メッセージ』3『複製された男』4といった文学性の高い原作を映像化する手腕が評価されている監督だ。

 

今作では、オリジナルのモチーフをふんだんに散りばめたうえで、監督独自の『ブレードランナー』解釈が陰翳や色彩、映像の襞に塗りこめられている。
ドゥニ・ヴィルヌーヴの作品としては間違いなく成功作だろう。
「青春時代に凄まじい衝撃を受けた映画」5と語るように、監督の映画人生に大きな意味を持つ作品の続編を撮ることは並大抵のことではなかったに違いない。

 

いや、『ブレードランナー』はドゥニ・ヴィルヌーヴにとって特別などというものではない。
映画、アニメ、ゲーム、漫画…SF分野のあらゆるサブカルチャーにおいて非常に大きい影響を与えている。
熱心な”ファン”たちは、ドゥニ・ヴィルヌーヴ以前に『ブレードランナー』的なるものを作品に昇華してきた。
小島信夫6、渡辺信一郎7、押井守8といった日本の第一線級のクリエイターは、そろって楽し気な口吻で、『ブレードランナー』からの影響を語る。
どの作品が影響を受けているかなどは、改めて列挙するまでもないだろう。

 

一方で、『ブレードランナー2049』はドゥニ・ヴィルヌーヴがSFカルチャーからのプレッシャーに従順に答えたように見せながらも、搦め手で”ドゥニ・ヴィルヌーヴ作”の刻印を押すことに成功している。
非SF の側面から、『ブレードランナー2049』を読み解くヒントとなり得る作品をいくつか挙げてみよう。

 

ラースとその彼女

 

『ブレードランナー2049』の主役である捜査官”K”は人工知能の恋人”ジョイ”と同棲している。
VR映像により生成されたビジュアルと、あまりにも人間らしいキャラクター。
あらゆる場面で”K”を気遣う彼女の姿を見て、自我を持った個人であると認めないのは難しい。
Kとジョイは愛し合っている。少なくともそのよう”振る舞い”を見せる。
しかし、レプリカントが差別される世界にあって、レプリカントと人工知能の恋がどう見られるか。
とあるシーンで、「リアルの女に興味ないのね」とKはハッキリ言われてしまう。

他人から見て疑似的な恋愛関係が、当人にとっては重要な意味を持つ関係なのだというストーリーラインは映画で珍しくない。
人工知能との恋でいえば、近作に『her/世界でひとつの彼女 』がある。
だが、独身者として完成されたライアン・ゴズリングのふるまいにデジャヴを覚えた観客は、同じくライアン・ゴズリング主演の『ラースと、その彼女』を思い出しているだろう。

心優しいが内気な青年ラースは女性と話すことが苦手。兄夫婦に気遣われながら慎ましい生活を送るラースが、ついにパートナーを見つけたと聞いて周囲は安心する。
ところが、お披露目に現れたのはアダルトサイトで販売されているリアルドールだった―
極度のシャイが高じてリアルドールとの恋愛に走る青年と、モノ同士の恋愛を慰めとする被差別種レプリカントには開きがあるように思えるかもしれない。
『ラースと、その彼女』の原題は”Lars and The Real Girl”。
リアル、つまり当事者にとって”本物”であるということはどういうことか、というのは意外にも『ブレードランナー2049』と『ラースと、その彼女』に共通する問題なのだ。

 

わたしたちが孤児だったころ

 

『ブレードランナー2049』では”記憶”が重要なテーマの一つとなっている。レプリカントの生涯に明るい見通しはない。使い捨ての存在だからだ。
それゆえに、せめて過去だけでも心安らぐものにしたい。たとえ、作り物であっても。レプリカントは記憶クリエイターの作品を移植され、自分の過去とする。
この設定がKをある懊悩に追い込む。
観客は予感を抱きながらKとともに確信を抱く。
しかし、ある瞬間に梯子を外される。結局のところ、Kは何者か。

記憶と事実は異なる。しかし、人がアイデンティティの拠り所とするのは記憶である。記憶こそが自らの連続性を保障してくれる。
でも、本当にそうだろうか。

こうした問題意識を描き続けてきた作家が、2017年にノーベル賞を受賞したカズオ・イシグロである。
カズオ・イシグロの作品は、静謐な情景描写と抒情性の高い物語を特徴とするが、目立って取り上げられるギミックに「信頼できない語り手」がある。
つまり、全ては語り手の視点を通して伝えられるが、都合の良い記憶が事実の様相を変えてしまうというありさまを描いている。
語り手にとっての悲劇は、間違えてしまうことではなく、間違えていたことを知ってしまうことである。
『わたしたちが孤児だったころ』で描かれる挫折と諦念は、『ブレードランナー2049』のKが直面する問題と驚くほど似ている。

 

青白い炎

 

『ブレードランナー2049』で最もあからさまな仕掛けはウラジミール・ナボコフの引用だろう。
レプリカントであり、かつレプリカントを処刑する公僕でもあるKは、任務を終えたのちに必ず適正テストを受けさせられる。
おそらく、反乱の因子が芽生えていないかを計測するのだろう。
その内容は、ナボコフ著『青白い炎』の一節を復唱するというものだ。

 

Cells interlinked within cells interlinked
Within one stem. And dreadfully distinct
Against the dark, a tall white fountain played.

 

これが単に文学的意匠を施すためのものでないことは、人工知能の彼女・ジョイが『青白い炎』をKの目の前に差し出すこと、彼女の起動音がロシアの作曲家・セルゲイ・プロコフィエフ作『ピーターと狼』であることから伝わる。
『青白い炎』は、架空の詩人が遺した長編詩に、隣人の学者が延々と注釈をつけていくという体裁。
学者の常軌を逸した文章は、メタフィクションが暴走するさま、そのグロテスクを描いている。
『ブレードランナー2049』では、ある意図をもって、ロシアの亡命作家が書いた虚構の詩を、Kに”移植”しようとしているのではないだろうか。
しかし、その意図を読み解くために必要なリストはどうやら長大なものになりそうだ。
本編を鑑賞したのちも、読みは尽きない。


以上、『ブレードランナー2049』とつながる非SF作品を取り上げた。
そもそも旧作におけるSF世界の魅力も、すべてがSF的ではない、アンティークやオリエンタリズムといった非SF的質感とのごった煮が醸し出す”レトロフューチャー”にあったはずだ。
今作においてアップデートされた”レトロフューチャー”がいかなるものか、各々の目で確かめられたい。

なお、現在、youtubeにおいて『ブレードランナー2049』のスピンオフ作品が公開されている。
併せて鑑賞しておきたい。

 

 

 

 

 

  1. 2013年制作
  2. 2015年制作
  3. 2016年制作。SF作家テッド・チャン著『あなたの人生の物語 』を原作とする
  4. 2013年制作。ノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴ著『複製された男』を原作とする
  5. T-SITE 「前作への“ラブレター”です」―ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が語る『ブレードランナー 2049』への思い 2017/10/26   http://top.tsite.jp/news/cinema/i/37399872/
  6. 文春オンライン 小島秀夫が観た『ブレードランナー2049』2017/10/29 http://bunshun.jp/articles/-/4698
  7. シネマトゥデイ 『ブレードランナー』はアニメ界も変えた 渡辺信一郎&荒牧伸志が熱弁 2017/9/27 https://www.cinematoday.jp/news/N0094740
  8. MANTAN WEB  押井守:「ブレードランナー」シド・ミードへの思いを語る  2012/12/28 https://mantan-web.jp/article/20121228dog00m200044000c.html