ハイン 地の果ての祭典 南米フエゴ諸島先住民セルクナムの生と死

著者:アン・チャップマン

出版社: 新評論

発売日:2017/4/24

 

南米フエゴ諸島の先住民・セルクナム族。
南米先住民に対する侵略の歴史は長く、中でもセルクナム族は後期に壊滅的な被害を受けた。
19世紀末、チリ・アルゼンチン政府の許可のもと、金鉱を求めるヨーロッパ人が渡来、虐殺が公然と行われた。
加えて、銃や病気がもたらされたことにより人口が減る。
生き残りは強制的に近代的労働者、無産階級へと転身させられた。

セルクナム族固有の文化は失われてしまったが、記録は残った。
本書はセルクナム族の生き残りとコンタクトを取った研究者の資料をもとに、失われつつあった風習・ハインの祭典の様相を明かす。
調査が行われた時代は近現代であり、貴重な写真を我々は見ることができる。
彼らが擬態する「精霊」の姿には、かりそめながらも不思議な実在性がある。

豊穣で複雑なハインの祭典

ハインの祭典を構築するルールやストーリーは複雑であり、スッと頭に入ってこない。
「そのうえ、全く同じ様式で繰り返されたことは一度もない」ということだから、外部の人間が概要をつかむにも苦労したことがうかがえる。

祭典が行われる背景は民話に求められる。
大筋としてはこうだ。

かつて神話時代には女が情け容赦なく男を支配していた。
狩りも家庭の雑事も労役は全て男の役割で、女たちは「ハイン」と呼ばれる小屋で怠けていた。
男たちを服従させるために、女たちは恐ろしい「精霊」の存在をほのめかした。
女性の専制に反抗を示した男には、ショールトという名の精霊が罰を与えにやってくると。
そして実際に精霊は男たちの前に姿を現し、男たちを定期的に震え上がらせた。
だが、精霊は実は女たちが演じる架空の存在だったのだ。

あるとき、男の一人が、女が精霊の動きを練習する姿を目撃する。
偽りは暴かれ、男たちは子供を除く女たちを虐殺した。
立場は逆転し、母権制から父権制へと移行する。
男たちは優位を保つために、かつて女たちが用いた手段、「精霊」の偽装をそのままなぞり、後の世代の女たちを服従させる手段とした。

この「精霊」の偽装がハインの祭典にあたる。
男たちは精霊に仮装し、子供を人質にとり、女たちを怖がらせる。
一方、選ばれた子供は精霊にこき使われ、イニシエーションを経たのち、精霊の正体が大人の男であると明かされ、伝統を知る。

セルクナム族でない我々にとって、ハインの祭典に織り込まれた本音と建て前はスリリングに感じる。
男たちは、精霊の正体は絶対に知られてはならないという。
つまり、男たちは女たちが精霊の存在を信じていると疑わない。
でも、そんなことあり得るだろうか!

実際に女たちがハインの祭典にどのような態度であたっていたのか、書かれた様子からは人情の機微があるように思えるが、実際にどうであったかは参加する人間にしかわからないだろう。

精霊の嘘、嘘を信じるという嘘などメタな駆け引きが面白い祭典だ。

妖精の強烈なビジュアル

ストーリーも興味深いが、最大の魅力はやはり精霊の仮装にある。
先述のショールトのほかに、オルム(命を呼び戻す者)、ハイラン(淫らで不快な道化師)、マタン(バレエダンサー)1など、いずれも個性豊かな見た目の精霊が、それぞれに課された役割を演じる。
どの精霊も成田亨2的デザインセンスで、羽毛や粘土、木の枝などで飾られた姿は白黒写真ながら迫力がある。

夜道であったら失禁しかねない。
女たちを恐れさせるに説得力を持つ見た目だ。

セルクナムの子孫は今もアルゼンチン領に生きるが、両親ともにセルクナムだった者は1999年に逝去した。
ハインの祭典は失われたのかもしれない。
これからのことは分からないが、本書により多くの人々にハインの記憶が伝播すれば、想像力の別の形で「精霊」が姿を見せることもあるかもしれない。

 

  1. カッコ内は著者による命名
  2. 1929年 – 2002年。デザイナー、彫刻家。ウルトラマン、ウルトラ怪獣のデザインで有名